現代技術史(中島)学期末試験                             2013年2月1日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい(規定時間後)。
 答案をスキャンする関係で、解答に裏面を使用しないこと。

[1]次の各々の事項について、技術史上の意義を簡潔に述べよ。人物の場合には、その人の仕事の概要と意義を説明せよ。

 (1)イライ・ホイットニー

 (2)ワットの蒸気機関

 (3)帝国物理工学研究所(PTR)

 (4)ウォレス・カロザース

 (5)ロンドン万博1851年

[2]19世紀から20世紀初頭にかけての化学の発展について、授業で指定した内容を中心に論じなさい。


[3] 技術の発展の要因にはどのようなものがあるか、歴史的な事例を参考にして論じなさい。


現代技術史(中島)学期末試験                             2011年1月28日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい(規定時間後)。

[1]次の各々の事項または人物について、知るところ簡潔に述べよ。

 (1)ヴェルナー・フォン・ジーメンス(シーメンス)

 (2)水晶宮

 (3)アンドリュー・カーネギー

 (4)フォード・システム

 (5)A・トインビー著『18世紀イギリス産業革命講義』


[2]科学と技術が融合したプロセスについて、授業にそってまとめよ。


[3]日本の科学技術の水準を維持し、いっそう発展させるためにはいかにすべきか、現代技術史の授業の内容も参考にして、意見を述べよ(採点の関係上、裏面は使わないこと)。


現代技術史(中島)学期末試験               2010年2月5日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい(規定時間後)。


[1]次の各々の人物について、知るところ簡潔に述べよ。

 (1)ジェームズ・ワット

 (2)ヘンリー・ベッセマー

 (3)イライ・ホイットニー

 (4)ヴェルナー・フォン・ジーメンス

 (5)フレデリック・テーラー


[2]アメリカにおける大量生産の確立について、アメリカンシステムおよびフォードシステムについても触れながら論じなさい。


現代技術史(中島)学期末試験               2009年1月30日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい(規定時間後)。

[1]次の各々の用語について簡潔に述べよ。

 (1)水晶宮

 (2)テーラー・システム(科学的管理法)

 (3)高等工業学校(ドイツの)

 (4)ベッセマーの転炉

 (5)ジーメンス兄弟


[2]科学に基づいた技術はどのように登場したか、その発展の歴史を述べなさい。また、このような技術の登場によって、社会的にどのような変化が起きたかを論ぜよ。


現代技術史(中島)学期末試験               2008年2月8日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい(規定時間後)。


[1]次の各々の用語の対について、相互に対照しながら説明しなさい。

 (1)平炉と転炉

 (2)テーラー・システムとフォード・システム

 (3)エジソンとカーネギー


[2]1851年の「ロンドン万国博覧会」とはどんなものであったか述べよ。また、そこで注目を浴びるようになったアメリカの新しい技術や生産方法について論じなさい。


[3]授業の中で試験の課題として指定した問題について論じなさい(必要なら解答に裏面を用いて良いが、その場合にはその旨を明記すること)。


現代技術史(中島)学期末試験               2007年2月9日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい(規定時間後)。


[1]次の各々の文章の括弧内を適切な言葉で埋めよ。

 アメリカにおける初期の機械化の歴史でよく知られているのは、(     )[人名]の自動工場(製粉)や、イライ・ホイットニーの(    )などの 工夫である。これらはいずれも18世紀末の省力化の技術である。19世紀になると、サイラス・マコーミックは(    )を発明し、これは割賦販売で急速 に普及する。この機械は(   )部品を使用するようになり、このような部品を組み合わせたアメリカの製造方式は、(   )年のロンドン万博で注目を浴 びることになる。

 繊維産業を機械化することに始まったイギリス産業革命は、やがて製鉄業の分野に引き継がれた。パドル法を用いて反射炉で作られる(  )鉄は、溶鉱炉で 生産されたばかりの(  )鉄よりはるかに張力に強い。しかし、より優れた鋼の大量生産が可能となったのは、(     )[人名]の転炉や、(      )とピエール・マルタンの(  )による。これらの新しい技術を巧みに取り入れて、アメリカで大成功を収めたのが、鋼鉄王と称される(      )で ある。彼は後に、築き上げた財産を文化事業のために役立てた。


[2]フォード・システムとテーラー・システムの各々について簡潔にまとめ、さらに両者の差異について論じなさい。


[3]授業の中で試験の課題として出した問題について論じなさい(必要なら裏面を用いて良いが、その場合にはその旨を明記すること)。



  2005年度は海外研修につき開講せず


現代技術史(中島)学期末試験               2005年1月28日実施


[1]次の各々の文章の括弧内を適切な言葉で埋めよ。

 ( )会はその時代の技術の集成を示すことが多い。特に、1851年ロンドンで開催されたそれは、イギリス産業革命の栄光を象徴するものだった。 しかし一方で、一部のイギリス人は会場に展示された新興国アメリカの技術に目を見張った。例えば、ロビンズ・アンド・ローレンス社が出展した六丁の( ) は( )性のある部品で作られていた。アメリカにおけるこの種の生産方法は軍事部門から始まり、やがてマコ−ミックの( )や( )[人名]のミシンなど の民生品に広まった。しかしこの生産方法の起源は( )[国名]の18世紀中葉の兵器廠の改革にある。

 自動車の最初は、技術者(  )が1769年に作った蒸気三輪自動車であると言われる。しかし、その実用化には内燃機関の発明が不可欠であった。 初期の内燃機関は、ガソリンではなく(  )を燃料としていた。最初のガソリン機関は(   )が作り出したもので、彼はこれを数年内に自動車に使用し た。自動車を大衆のものとしたのは、発明王(  )の電灯会社の技師長で彼の励ましを受けたフォードであった。19世紀後半以降の米国は技術の英雄時代で あり、鉄鋼産業の基礎を作り後に芸術の庇護者となった鋼鉄王(  )もその一人である。

[2]この授業の主題となった時期の技術の特徴を、産業革命期の技術の特徴と比較して論じなさい。なるべく授業の筋に言及しながら論じること。

[3]この授業に該当する時期の化学技術の発展について、授業中に指定した内容を含めて論じなさい(必要なら裏面を用いて良いが、その場合にはその旨を明記すること)。

 


現代技術史(中島)学期末試験               2004年2月6日実施

[1]次の各々の文章の括弧内を適切な言葉で埋めよ。

 18世紀以降の技術発展は、製鉄技術の進歩を一つの基礎とする。その始めは(  )父子によるコークス製鉄であろう。だが、高炉の作り出す(鋳ま たは銑)鉄は固いがもろい。H・コートの(  )法でようやく強い張力にも耐えられる(錬)鉄が作られるようになり、建築材などにも鉄の利用が広まった。 しかし、鉄を近代文明必須のものとしたのは鋼鉄の登場であり、その生産には(  )[人名]の転炉や(  )とマルタンによる平炉法の開発が重要だった。
 生産技術の高度化と同時に、生産性向上の工夫も技術の進歩の一側面である。単一車種の流れ作業による生産はその創始者の名前をとって(  )システムと 呼ばれる。流れ作業の原型は、シカゴの(   )工場にあったという。ほぼ同時期のアメリカでは、同じく創始者の名前をとった(  )システムという生産 の合理化の流れもあり、これは別名科学的管理法とも呼ばれる。この方法では、組織的怠業防止のために(   )賃金制度が導入され、また労働量を科学的に 決定する(  )研究と(  )研究が実施された。

[2]ロンドン万国博覧会(1851年)の技術史的な意味を論ぜよ。 

[3]授業の際に指定した課題について解答せよ(必要なら裏面を用いて良いが、その場合にはその旨を明記すること)。


現代技術史(中島)学期末試験               2003年2月7日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい。

[1]次の各々の文章の括弧内を適切な言葉で埋めよ。

 英国産業革命の総決算とも言える万国博覧会は、(  )年、ロンドンのハイドパークを会場として開催された。ガラスと鉄でできた展示館は(  ) と称され、それ自体が展示物であった。展示品の中で目立ったのはやはりイギリス製品であり、(   )[人名]の蒸気ハンマー、新聞を高速で印刷する蒸気 輪転機などがあった。しかし、イギリス人を驚かせたのは、米国ロビンズ・アンド・ローレンス社の6丁のライフル銃である。これは(  )性のある部品から 作られていた。

 イギリス産業革命の初期に用いられた動力源は主に(  )であり、そのため工場は丘陵地に造られることが多かった。(  )[人名]の大気圧機関 のように、蒸気機関は18世紀の初頭にすでに実用化されていた。だが、それは鉱山の排水に使用されるのが主だった。この大気圧機関の欠点を見抜いて改良し たのがワットである。彼は熱機関の低温熱源にあたる(   )をシリンダーから分離した。19世紀半ばになると、ようやく内燃機関が登場する。その燃料は 当初(  )であり、ガソリンを使った内燃機関はその約20年後にドイツの(   )によって実用化された。

 針の根元ではなく先端に糸を通すというミシンの基本原理を発明したのは、(  )という人物である。一方、アメリカ的製造方式による製造と(   )販売方式という工夫でミシンを広く社会に普及させたのはシンガーであった。発明家マコーミックは、同様の販売方式によって(   )をアメリカの農民に 広め、農業の機械化を進行させた。

[2]18世紀初頭から19世紀にかけての製鉄技術の進歩についてまとめよ。

[3]テーラー・システムの概要を述べた上で、フォード・システムと比較せよ。 


 

現代技術史(中島)学期末試験             2002年2月8日実施

 試験時間は45分間。解答を終了したら答案を提出して退席してよい。

[1]次の各々の文章の括弧内a〜wを適切な言葉で埋めよ。解答は右の解答欄の対応する記号の部分に記入すること(省略)。

 イギリス産業革命は、(a )世紀の後半に始まった。そのプロセスの第一段階として、繊維産業の機械化が進行した。産業革命の基礎技術の一つである飛び杼(とびひ)は、(b)という 人物によってすでに産業革命の百年以上前に発明されていた。その普及によって綿布の生産性が徐々に高まると、綿糸の不足が起こった。この問題を解決するた めに、ハーグリーブズの(c)紡績機、(d )のミュール紡績機などが次々と誕生した。当初の繊維機械は(e)を動力として用いていた。産業革命の次の段階として、技術者(f)の改良による蒸気機関 が動力源として盛んに導入されるようになった。これは、先行する(g)の蒸気機関の熱の浪費を防ごうとしたものである。e の効率について研究を深めた科学者(h)はまた、g 機関の効率改善にも努めていた。

 イギリス産業革命の総決算として、1851年、ロンドンのハイドパークを会場として、(i)が開催された。その会場は、鉄とガラスをふんだんに 使ったもので、その外見から(j)と呼ばれた。代表的な展示物には、(k、l)などがあった。しかし人々を驚かせたのは、アメリカのロビンズ・アンド・ ローレンス社の6丁の(m)である。それは、相互に交換可能な(n)性のある部品から作られていたとされる。その重要性を認識したイギリスは、アメリカに 調査団を送った。調査団はそこで新しい生産の方法を見つけだし、彼らはこれを(o )方式と命名した。アメリカでは、19世紀後半から、この方法によってコルトの拳銃、(p)のコンバイン、(q )のミシンなどが製造された。この方式の起源は実際には18世紀のフランスの兵器製造の革新にあった。グリボーヴァル将軍の唱道による改革の重要性に後に アメリカ大統領となる当時のフランス大使(r)が気づき、見本のマスケット銃を本国に送ったのである。

アメリカで生産の省力化が進んだのは、国土が広く労働力が分散した社会であったという背景がある。米国特有の馬車や斧の技術にもそのことが反映して いる。1791年のエバンス自動工場や、1793年に(s)という人物が発明したコットン・ジンもまた、省力化のための技術である。縫製のためのミシンも 省力化を進めることに貢献したが、その基礎的な技術は(t)という人の発明であり、q によってこれが工業化され、大量に販売されることになる。

 アメリカでの大量生産の発展を象徴するのは、フォードのT型の生産であろう。フォードシステムでは、一種類の自動車だけを組み立てラインで作るこ とによってその値段を劇的に下げることができた。彼はこの方法をシカゴの(u)の工場をヒントにして得たと言われる。アメリカにおける生産性の向上には、 これ以外にも、同じくアメリカ人(v)が考案した科学的管理法も貢献した。狭義の科学的管理法は、作業(動作)研究と(w)から成っている。

 [2]産業革命期の技術と、この授業のテーマとなった時期の技術の差異を論じよ(必要ならば裏面を用いて良いが、そのことを明記すること)。