さくら、さくら サムライ化学者 高峰譲吉の生涯

 明治を代表する化学者高峰譲吉を主人公とする映画が、間もなく全国で公開される。その公開に先立って、この映画「さくら、さくら サムライ化学者 高峰譲吉の生涯」を、2010411日、東京・新橋の映画試写用の小ホールTCC試写室で見る機会があった。以前、同じく高峰譲吉を主人公にした演劇「サムライ 高峰譲吉」が上演されたことがある(品川能正の作、東京ギンガ堂が20081029-115日に東京の紀伊國屋サザンシアターで上演)。波瀾万丈の譲吉の生涯と業績は、詳しく知ると演劇人を刺激するらしい。
映画が間もなく、川崎と京都で公開されます。日本科学史に関心のある人には是非の観覧を勧めます。

 6 19日、土曜日 ラゾーナ川崎ブラザゾル 交通 JR川崎駅から徒歩5

11時半、15時、18時半 の3回のみの上映(当日券 1000円) 問い合わせ先 (株)レイツースリー(tel. 045-325-9505
622日、火曜日 京都府立文化芸術会館   交通
14時半、18時半 の2回のみの上映(当日券 1000円) 問い合わせ先 (株)レイツースリー(tel. 045-325-9505

高峰譲吉(加藤雅也)と妻キャロライン(ナオミ・グレース)
(C)2010「さくら、さくら」製作委員会

 金沢の救急病院での場面が映画の導入だ。緊急手術に使われた止血剤を担当医が「エピネフリン」というのに、「アドレナリン」と呼ぶべきだと女性看護師が反発する。看護師は主人公高峰譲吉の妹の曾孫という設定で、彼女が先祖の譲吉の事績を調べていく。看護師役の女優(国分佐智子)は、譲吉の妹役も務める。その妹がまだ幼女だった明治初年、金沢藩のもと御典医の家、高峰家で、長男譲吉が家業の医学でなく化学を学びたいと父に言い出す場面から始まる。このあと映画は、譲吉の生涯を追っていく。譲吉の工部大学校在学、イギリス留学からの帰国後の農商務省での化学者としての活動、アメリカのニューオリンズの万博出張と将来の妻キャロライン・ヒッチとの出会い、万博で買い付けた過リン酸肥料の日本への導入の苦労と大日本肥料会社設立、キャロラインとの結婚と彼等の日本生活での悲喜劇、キャロラインの母の後押しによる一家のアメリカ移住、ウィスキー醸造業への参入と挫折、タカジアスターゼの開発とパーク・デイヴィス社との交渉、日本から来た助手上中啓三との協力による副腎髄質ホルモンの結晶化(アドレナリン)、晩年の日米親善事業のためのワシントンへの桜の導入など、譲吉の生涯と業績のエッセンスがうまくまとめられている。映画のタイトル「さくら、さくら」は、このワシントンに見事な桜並木をもたらした高峰の最後の業績にちなんでいる。この映画では、桜をアメリカに移植するに携わった植木職人が出てくるが、製作した市川徹(とおる)監督が、日大農獣医学部林学科を卒業していることも関係があるかもしれない。映画は、二時間を超え内容的にも盛りだくさんにもかかわらず、コミカルな場面もあって映画として面白く、最後まで飽きずに見ることができる。
 映画として成功した理由の一半は、キャスティングの成功にあると思う。台詞の半分以上が英語で、英語が母語の出演者が映画の中心になっている。妻のキャロライン役(ナオミ・グレース)もその母メアリー・ヒッチ役(KOTA)、父ルーベン・ヒッチ(ロバート・キャンベル)は、もともと俳優を本業としていないが日米両方につながりある英語を母語とする人たちだ。ナオミ・グレースはモデルや歌手として有名だし、KOTAは大リーグの通訳やエージョントを務めていたそうだし、ロバート・キャンベルは、アメリカ出身の日本文学研究者で東大教授である。しかし、それぞれ役にはまって、極めて自然に演じていた。譲吉役(加藤雅也)はプロの俳優だが、俳優としてアメリカで修行しており見事な英語を話していた。映画の英語の台詞は、もともとの台本を出演したネイティヴ達が演じながら修正していったそうで、英語の会話教材に出来そうな見事な会話体に仕上がっていた。
 そうした主役達をまわりから支えていたのが、松方弘樹(渋沢栄一役)、萩尾みどり(譲吉の母ゆき役)、夏木陽介(譲吉の父清一役)といったベテランの俳優達の存在感ある安定した演技だ。厳しく同時に息子思いで、時にコミカルな感じもする譲吉の母親役を演じた萩尾みどりの演技は、とくに光っていた。