映画「ガガーリン 世界を変えた108分」

最初に有人宇宙飛行を成し遂げたソ連の宇宙飛行士ガガーリンについての映画が、いま全国で上映されています。
2013年製作のロシア映画です。邦題は「ガガーリン 世界を変えた108分」、原題は「 Гагарин. Первый в космосе(ガガーリン。宇宙の最初の人)」。

公式サイトはhttp://gagarin.jp 首都圏ではすでに上映が終わっていますが(私は先週、六本木シネマートという映画館で見ました)、他の地方ではまだのところもあります。公式サイトをごらん下さい。

3000人以上の空軍パイロットから20名の最終候補生に絞られて、その訓練からガガーリンが1961412日に最初の108分の地球周回飛行を行い着陸するまでを描いた映画です。現在知られている記録から見て、そのときの経過・様子を忠実に再現したもので(CGも注目です)、科学史・技術史に関心のある人にはとても興味深い映画です。再突入用の逆噴射ロケットが危ういところで噴射したり、帰還のときに、生命維持用の搭載部分がなかなか切り離れずきりもみ状態になったことなどよく描かれています。さらに当時、カプセルを軟着陸させる技術がなかったために、途中で飛行士はカプセルから座席ごと射出されてパラシュートで降下したことももちろん描かれています。

最後に二人の候補に絞られて、ガガーリンにするかチトフにするかコロリョフらが考慮する場面が記憶に残っています。ガガーリンは、1934年生まれで彼が生まれ育った村は独ソ戦で占領下にあり(そのために)、そのためにそのことを問題にすると、ソ連ロケット開発の伝説的な指導者のコロリョフが、もうそうしたスターリン時代の考え方はやめにしようと言うのが印象的でした。実際、スターリン時代には、ドイツ軍に捕虜になったソ連兵士は帰還後に、皆、収容所送りになりました。バックアップになったチトフは、二番目に宇宙に行きました。

機会のある方は是非ごらん下さい。

映画「バンクーバーの朝日」

 戦前の日系カナダ人の社会を描いた映画です。カナダ移民の2世たちがカナダのバンクーバーで「朝日」という野球チームをつくります。昼の辛い仕事のあと、夕方から集まってきて野球の練習をします。夏にすると試合の季節になりますが、日系人からすれば大男ぞろいの白人チームにはどうしても勝てず、いつも最下位の弱小チームでした。それがバントと走り、それに頭脳的な試合運びで、自分たちの強みを生かす試合運びにしてもよいと思い切ったときに勝てるようになります。強引に科学史にひきつけて言えば、後進国の日本の科学がどういう研究戦略をとれば、国際的なレベルで戦えるかと考えた眞島利行のような明治の最初の研究者世代を思わせます。しかし、日米開戦で暗転、日系人たちのその場所から追い出されて収容所入りすることになります。
 映画は、収容所入り以前の日系人社会を丁寧に描いています。主人公の家が広島県からの移民であることは、父親が広島に送金していることからわかります。白人からの差別も多くの場面で出てきます。たとえば、主人公の妹は、ハイスクールでトップの成績で、大学への奨学生の候補になりながら、日本人だからと外されます。
 外国ロケはせず、セットはすべて日本でつくったといいます。バンクーバーの日本人町は、栃木県足利市に50軒の建物と野球場からなるもので構築。当時の日系人の主な職は林業と漁業。職場の製材所は、埼玉県飯能市の製材所を借り、漁港の撮影は千葉県の鋸南町(きょなんまち)に漁港のセットをつくるといった具合です。セットはそれぞれ見事なできで、実際もそうだったと思わせるものです。いまの日本映画の実力を見せています。映画館で売られているパンフレットは、カナダ日系移民史の入門書となるような立派なものでした。
 監督は1983年生まれでまだ31歳の若手の石井裕也、2013年に国語辞典の編集者を描く『舟を編む』をつくった人です。主演は朝日軍のキャプテン役の妻夫木聡(つまぶき・さとし)。朝日軍の選手たちは、それぞれにその個性が印象に残るよい演技をしていました。その妹役は、NHKの朝のドラマ「ごちそうさん」や大河ドラマ「黒田官兵衛」にも出ていた高畑充希(たかはた・みつき)。

公式サイト 
http://www.vancouver-asahi.jp

劇「親の顔が見たい」

 名門私立女子中学校で二年生女子生徒が朝方に教室で自殺。その女子生徒が出した何通もの遺書のうち、学校に届いたものに名指しされていた5人の女子生徒の保護者がその日の夕方に学校に呼び出されて集まるところから始まります。
 遺書によれば、生徒は、入っていたはずの「仲良しグループ」にいじめられての自殺とのこと。保護者と先生方、自殺した女子学生が新聞配達していた新聞配達店の店主(実はそうしたバイトは学校では禁止)、最後に自殺した生徒の母親が登場。その間のやり取りで、保護者(親が中心だが一人の生徒だけ祖父母が来る)の異なる職業や生徒との関係もわかってきます。
 重苦しいテーマですが、会議室で飛び交う会話で普段は見えないそれぞれの「顔」が見えてくるし、登場しない生徒たちの「顔」も知ることができ、人間について改めて深く考えることができました。インターミッションなしの1時間45分があっという間に過ぎました。

 作者の畑澤聖悟は、青森県の県立高校教師を務め、高校の演劇部の顧問でもあるそうです。このホームページでも紹介した原爆開発のマンハッタン計画に参加したアメリカ人研究者とそのつれ合いの戦後50年を追った「イノセント・ピープル」も彼の作。
今回の公演は、劇団昴による上演。公演日は、8月14日、一日のみ。 東京都北区のJR王子駅北口の「北とぴあ」2階の「さくらホール」という大きなホールでの上演でした。自由席で前から3列目で見ることができました。

 なお、「新国立劇場演劇研修所」の第8期生(
2012年入所)の初舞台として、この戯曲を取り上げるそうです。演劇研修所については、
http://www.nntt.jac.go.jp/play/training/ 
に案内があります。研修最終年度の3年目ですが、「試演会」と書いてあるので修了公演ではなく、その前段階のようです。

演出 西川信廣(研修所副所長)
95日~10日(5日と8日は午後7時開演、他は午後2時開演)
新国立劇場(京王新線初台駅)
詳しくは http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/140905_005443.html を参照して下さい。


劇「石棺」

チェルノブイリ原発事故を劇化した劇「石棺 チェルノブイリの黙示録」を見てきました。場所は、高円寺の「座・高円寺」の地下2階です。

チェルノブイリ原発事故が起こって現場にもっとも早く駆けつけたジャーナリスト(ヴラジミール・グーバレフ)が、事故後二ヶ月で書き上げた戯曲です。調べてみると、ロシア語から翻訳が原作が出てから間もなく、ロシア語の自然科学書の翻訳で有名な金光不二夫さんによって翻訳されています。
『石棺 チェルノブイリ』(金光不二夫訳、リベルタ出版)。しばらく、品切れでしたが、福島第一原発事故後に復刊されていまは容易に入手できます。ロシア語で読みたい人は、http://lib.ru/PROZA/GUBAREW/sarkofag.txt#0 で読むことが出来ます。
日本では、すでに俳優座が1989年に、この金光訳を使ってこの劇を上演したとのことです(千田是也演出)(http://nappy.gn.to/teatro.htm)。

今回は、靑井陽治という演出家の方が、英訳から日本語の脚本をつくったそうです。舞台後方に番号のついた仕切が10の病室を表し、その前の広間で劇が展開、登場人物は客席の通路から舞台に登場し、舞台の裏への出て行くます。モスクワのユーゴ・ザーパド劇場でみた劇(「石棺」ではありませんが)の演出を思い出しました。青井氏の演出は気に入りました。


劇は、緊張感溢れる二場もので、モスクワ放射線研究所が舞台です。研究所では、大量の放射線を浴びた患者の治療を研究しています。いまは、被曝後、500日近く生存している患者が一人(ベススメルトヌイ(不死身)と自ら改姓)。そこに三人の新しい実習生が来ます。

突然にベルが鳴って、やがてチェルノブイリの原発事故で大量の放射能を浴びた患者達が担ぎ込まれ、10室の病室はいっぱいになります。原発所長、消防士、消防隊長、隊長付の運転手、物理学者、放射線測定技師、制御士、近隣の農夫、たまたま通りかかった自転車に乗る泥棒。それを治療する医師達。そして事故を調査する査問官。1949年のソ連最初の原爆実験以来、放射線障害治療を専門にしてきたという女医さん役の人の演技が印象に残りました。チェルノブイリを事故直後に訪れたアメリカ人医師(ロバート・ピーター・ ゲイル)がカイルという名前で出てきます。

患者同士、患者と医師、査問官と患者の会話から、チェルノブイリ原発事故の発生の背景が明らかにされます。ノルマ超過達成のための突貫工事による原発建設。最新の原発なのに放射線測定の装置は30年前の古い計器の使い回し。余って安いと言うだけで、「経費節減」のために燃えやすい建材でつくらた建屋の屋根。決して上の指示に逆らわずにやって長になり、事故時には住民避難でなく孫の避難を第一に行った原発所長。反対に原発事故を食い止めるために放射能を知りながら、職業的な使命感から現場に残った制御士や物理学者。


来週の14日まで上演しています。観劇をお勧めします。

なお、劇団昴は、2010年の8月に初演した「イノセントピープル」というマンハッタン計画にかかわった5人の若者の戦後65年を扱った創作劇を、来年130日から23日に再演するそうです。
http://www.theatercompany-subaru.com/public.html をごらん下さい。

映画「希望の国」

福島原発事故を題材にした映画としてはもっとも早いものではないでしょうか。監督は園子温(その・しおん)。

福島原発事故後で、「長島県」という架空の県での出来事。福島の時と同様に、地震との津波のあとに原発の事故が起こります。福島原発事故のときのように長島第一原発で水素爆発が起こり、半径二十キロ圏内には強制避難命令が下ります。その半径二十キロという境界線が、酪農農家の主人公の小野泰彦(夏八木勲が演じる)の庭を突っ切って引かれ、境界内の近所は強制避難させられます。映画は、残った小野一家と強制退去させられた鈴木一家をめぐって展開します。小野と痴呆症を患う妻智恵子(大谷直子が演じる)は、家に残ります。洋一といずみの息子夫婦は、父の説得で自主避難をします。鈴木家の息子ミツルの恋人ヨーコは、たまたま事故時に鈴木家にいて鈴木家といっしょに避難所に行きます。しかし、彼女は、津波で壊滅した隣町出身で、ミツルと共に隣町に自分の両親を探しに行きます。一方、洋一・いずみ夫婦は避難先で妊娠を知ります。洋一が産婦人科の医師に、本当のところ放射能はどうなのかと問い詰めると、福島のあとに「長島」の事故があって、日本中どこにも安全な場所なんてありませんという医師の台詞が印象的でした。ラストは衝撃的。アンドレイ・タルコフスキー監督の最後の映画「サクリファイス」のラストの場面を思い出させました。

園監督のインタヴューをたまたまテレビで見ましたが、原発事故は地震・津波被害と違い、終りがないので今後も原発事故に関する映画を作り続けたいと言っていました。

公式サイト 
http://www.kibounokuni.jp