もう昨年の10月の事ですが、デイトンの新聞を読んでいて、一つの記事に目が止まりました。デイトンの東にあるゼニア(Xenia)という街の高校のサッカーチームのコーチが、自動車事故で亡くなりました。まだ30歳と私に近い年代の男性で、事故は私がいつも通勤に使っている途中の高速道路で起きたのですが、私の興味を引いたのはそれだけではありませんでした。記事の最後の方に、生徒達は大変ショックを受けているため、数人のカウンセラーがその高校に派遣された、と書いてあったからです。
時を同じくして、鳥取で大地震がありました。このときインターネットでニュースを読んでいて目に留まった記事の一つに、被災者の心のケアをするカウンセラーが足りない、という内容のものがありました。もちろんゼニアの一件とは規模が全然違いますが、一時的にでも鳥取に集められないほど、日本ではカウンセラー、いやそれ以前に心のケアという概念が根付いていないのかなあ、と、2つの事件が非常に対照的に思えました。
このことを思い出したのは、今回のえひめ丸の事件の関連記事を読んでいた時です。2月21日の朝日新聞社のインターネットサイト asahi.com の記事によれば、米国赤十字などがえひめ丸事故の行方不明者の家族の元へのカウンセラーの派遣を提案したにもかかわらず、在ホノルル日本総領事館は「必要な状態にない」と受け入れていないとのこと。
私はこの記事を読んで「またか」と思いました。何かまるで日本の戦時中の様な、精神至上主義の幽霊をかいま見るような感じがして、非常にいやな気分になったのです。私は精神を「健全」に保つことが良いことだと言うことには異論はありません。しかし何か精神的に大きなショックを受けることがあって、たいそうダメージを受けている状態でも、周囲に言われる言葉の大半は「精神がたるんでいるからだ」「弱音を吐くな」「気をしっかり持てば大丈夫だ」「仕事をして気を紛らわせばそのうち忘れる」などなど、せいぜい良くて「時間がたてば直る」程度でしょうか。ゼニアの高校の話だって、日本では「過保護だ」「甘えるな」などと言われかねない気がします。「時間がたてば直る」。確かにそうかも知れません。けがをして骨が折れても「つばを付けておけば直る。」確かに直るでしょう。でも放って置いて異常な形でくっついてしまった骨を、後からどうしてくれると言うのでしょう?
けがをすれば血が出ますし、風邪を引いていればくしゃみが出ます。目に症状が見える病気やけがは、わかりやすくて皆が大変だ、病院へいかなくてはならないと思います。しかし人間は誰でも耐え難い大きいショックを受ければ、精神的にダメージを受けて適切な治療が必要だし、うつのような病気には風邪と同じで誰でもかかる、ということはもう何十年前からわかっているのに、日本では今でも、心が弱った状態は「精神をしっかり持てば克服できる」という「骨折につば」的なことが固く広く信じられているように思えます。そして我々のように「弱音を吐くな」「甘えるな」と教育を受けてきた人は、自分がそのような状態にあることばかりか、自分の心の状態を外部に話すことさえ罪悪のように思えて黙ってしまい、結局処置をせずに症状を悪化させかねません。また適切に判断してカウンセリングなどに行き始めた人を、まるで狂人でも見るような目で見る人がいるということも耳にします。こういったことが何かの折りに表面化するたびに、ひどく残念に思うとともに、それが戦時中以来の日本の精神主義の負の遺産の様に思えてしかたがありません。
よく「しっかりしなさい」という言葉を使います。もちろん「しっかりしよう」と思うこと、そう努力することは悪いことではないと思います。ただ「しっかりしていない」状態であることがまるでその人の罪悪の様に思われているように、その語調から感じられることが多いのも気になります。「しっかりしている」ことも「しっかりしていない」ことも人間である以上とりうる正常な状態であって、それを認めた上で「しっかりした」状態に近づくよう努力する、サポートするという考えが必要なはずです。少年の犯罪が増加し、少年の「心の問題」が重要だとされている現在、まずこのような「是として受け入れる」考え方が大切なのではないかと思うのですが。
認識を広めることも大切ですが、一方で現在日本のカウンセラーの育成のしくみはどうなっているんでしょう? ここライト州立大学(Wright State University)では、心理学科(Department of Psychology)が大学院で研究者を育成して与える博士号(Ph.D.)の他に、School of Professional Psychology が心理学博士(Psy. D.)を養成するコースを持っています。心理学科が主に実験を中心とした学術研究であるのに対し、こちらは臨床、すなわち心に病気を持った人のケアをするプロフェッショナルを育成することを目的として実践を指向したコースす。ここでインターンを含めておよそ5年間、計画的なプログラムでトレーニングを受けた人が実際に現場で活動しています。その意味で彼らの doctor は「医者」(medical doctor) の doctor と同じ意味合いです。私は日本の現状をよく知りません。が、このように高等教育機関で人材を育成するシステムが確立されているのかとても興味があります。