選挙 on the air - 2000年11月 6日


11月7日の選挙も目の前になりました。大統領選挙については日本でもきっと大きく報道されていると思いますが、実は同じ日には大統領選挙だけではなく、ここデイトンでは議員や判事、保安官など数多くの選挙が同時に行われるようです。

今年の選挙はインターネットがその威力を発揮した最初の大統領選挙(大統領選挙は4年に一回なので)などと言われていますが、私はそもそも有権者ではありませんし、それほどアメリカの政治や今回の大統領選挙に興味があった訳でもないので、ネットワークの方はあまりのぞきに行きませんでした。しかしその程度の関心しかない私でも、大統領選挙はもちろんのこと、上記のような州・郡等の選挙が同時に行われることを知っているのはなぜでしょう?もちろん新聞を読めば書いてありますが、やはり「テレビのコマーシャル」をあげない訳にはいかないでしょう。

投票を呼びかける政府広告?そんな生やさしいものではありません。むしろこの国ではそんなものを政府が作る必要がないのです。例えば先週から今週にかけて夕食時にテレビを見ていると、いつも見るような商品や企業のコマーシャルが全くと言っていいほどありません。その代わりに、次から次へと「○○を議員に」「××を判事に」「△△を保安官に」の類のコマーシャル(?)が続きます。しかもどこかの国の政党が作るような「子供に囲まれて笑っているだけ」とか「道着を着て竹刀を振っているだけ」とか「『明るい未来を』『不退転の決意で』など何をするのかわからない抽象的なスローガンだけ」など、ほとんど名前を連呼しているのと同じ情報量しかないコマーシャルは一本もありません。代わりに「医療については、私は処方箋の問題についてこういう立場をとります」「また医者の選択の自由を広げるためにこの政策を支持します」など具体的な(決して「私は医療の問題に真剣に取り組みます」ではない)政治的立場を訴えたり、これまで具体的にどんな場面でどんな判断をしたかという実績(決して「私は××の仕事に○○年間真剣に携わってきました」ではない)を訴えたり、あるいは投票日間際になると「私は○×新聞でこのポストの候補として適任と評価された」など映画の広告並みに第三者評価を訴えたり。また、恐らく車に乗っている人が聞いている確率が高いラジオのコマーシャルでは車の排気ガス検査実施についてのコマーシャルを、また夕食時のテレビでは高齢者医療政策についてのコマーシャルを、と使い分けている候補者も居るようです。(まあ、テレビのコマーシャルで病院内を闊歩していたりのシーンはやはりわざとらしくて笑ってしまうのですが)

もちろんコマーシャルには負の面もあります。結局選挙資金を多量に持っていてメディアに露出した者の勝ち、になりかねません。また今回大統領選であった、サブリミナルや原爆のキノコ雲を用いたコマーシャルなど、歯止めが効かなくなる可能性もあります(そう言えば両方ともブッシュ陣営でしたっけ)。ただ、それでもなお、この国の人が、今回どんな選挙が行われて、誰がどんな政治的立場をとっているのかをみんなよく知っているというプラスの面は無視しがたいのです。もちろん政治に対する関心がアメリカと日本とでは全然違いますが、まず知らなければ関心の持ちようもないのでは。そう言えば最近日本の選挙立候補者の「政見放送」というのをあまり見ませんが、まだやっているのでしょうか。でも私の記憶では多くは朝早い時間帯にやっていて、しかも見ていても面白くない話ばかり(だいたい自分の考えをうまく相手に話して聞かせられない人に投票しようと思う人がいると考えること自体不自然なのですが)。少なくとも誰もが進んで「見たい」「聞きたい」と思えるものでは無いように思えます。そういう放送を「頑張って」聞かなくてはならないような選挙の投票率が上がることを期待する方が無理でしょう。(有権者に家で寝ていて欲しい人には好都合でしょうが)

この国で大統領候補者が、コマーシャルの中で子供達に囲まれてにこにこ笑いながら「この国の未来のために国政に真剣に取り組みます」なんて言ったら、その時点で落選でしょうね。真剣に政治をするのは当たり前のこと。具体的に何をするかを有権者に向かって言えない候補者に誰が税金から給料を払ってやろうと思うか、と。その点、3回のディベート等を通じて過剰とも言うほど政策を述べつくし、相手の政策も攻撃し尽くした二人の大統領候補は、どちらが最後に勝ったのでしょうか。結果はもう間もなく明らかになるのですが...


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Hiroyuki Umemuro
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