東京工業大学21世紀COEプログラム「インスティテューショナル技術経営学」
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コラム:「記者の眼」

「インスティテューショナル技術経営学」拠点形成活動の状況や成果について、日経BPの記者が拠点メンバーに取材を実施してコラム:「記者の眼」を作成することが決定しました。記事は2ヶ月に1本のペースで作成されます。記事本文をこのページに掲載していきます。


第3回:知財を軸に日本型MOTの理論構築に挑む

鮫島正洋氏

米国生まれの「マネジメント・オブ・テクノロジー(MOT)」。「技術経営」と直訳されるMOTが日本で注目を集めている背景には、1980年代に隆盛を極めた日本メーカーの国際競争力の低下があることは論を待たないであろう。

1990年代に競争力を失い続けてきた日本のメーカーが再び強さを取り戻すためにはどうしたらいいのか。この命題に対する答えを導き出すため、米国の産業競争力の再生に一役買ったといわれるMOTを日本に持ち込んだのである。

コストダウンだけでは勝てない

東京工業大学の21世紀COEプログラム「インスティテューショナル技術経営学」で特任教授を務める鮫島正洋氏も、日本メーカーの国際競争力の復活という命題に対して、知的財産の専門家の立場から独自の答えを見つけ出そうとしている。

同氏は東工大の金属工学科を卒業して藤倉電線(現在のフジクラ)で金属材料の開発に携わった後、弁理士と弁護士の資格を相次いで取得した。日本IBMの知的財産部や複数の法律事務所を経て独立した異色の経歴の持ち主だ。技術とビジネスの両方が分かる弁護士を標榜しており、その点で自らMOTの実践に取り組んでいるといえる。

同氏は、日本メーカーの国際競争力が低下している要因を次のように説明する。単純に言えばビジネスでは、製品の価格(プライス)とコストとの差が大きければ大きいほど、利益が出てもうかる。価格が下落すると、コストとの差が小さくなるので、コストを下げていかなければ利幅は減ってしまう。そこで日本のメーカーは究極のコストダウンを行うことで、価格が低下する中でも利益を最大化し、1980年代までの隆盛を築いた。

こうしたコストコントロールは、人件費の抑制ではなく製品の生産工程の改善によって達成された。そのような手段によってコストを下げながらも、製品の品質を落とさずにむしろ高めていく。

このクオリティーとコストのコントロールで日本のメーカーは今でも世界トップの座にある。しかし、それらの手法だけでは国際競争力を保てなくなった。中国のように人件費が圧倒的に安い国が「世界の工場」として台頭し、コスト面で太刀打ちできなくなったからである。

特許で市場を制覇する

「コストやクオリティーをコントロールする重要性はなくなっていないが、国際競争力を再び高めるためには第三の柱が必要だ」。鮫島氏はこう指摘する。

第三の柱として鮫島氏が追究しているのが、特許権などの知的財産権を活用してプライスをコントロールする仕組みだ。「特許権は、権利の所有者に法的な独占権を与える。この特徴をうまく使えば、製品のプライスをコントロールすることが可能になるという仮説を立てている」と同氏は続ける。

その目指すところは、日経ビズテック第5号の第2特集「技術覇権の構造」で論じたところと重なる。強い特許を持つ少数のプレーヤーが、特許を生かしてある製品の市場における覇権を確立するという仕組みだ。

「1社独占といかないまでも、2〜3社で市場を制覇する。そのための手段としては、他社がおいそれとまねできない販売網や圧倒的な設備投資など、いろいろなものがあるだろう。特許は万能ではないが、控えめに見ても武器の一つにはなり得る」(鮫島氏)。

特許を生かして市場の覇権を握った実例として鮫島氏が挙げるのは、CD-Rの特許プールを作った太陽誘電、ソニー、オランダ・フィリップスの3社のケースだ。

3社は、他社への特許の使用料(ロイヤルティー)をCD-R1枚いくらと設定した。このように比率ではなく、絶対額でロイヤルティーを決めた点に妙味があった。

その額は明らかにされていないので、仮に1枚当たり10円だったとしよう。1994年時点のCD-Rの価格は1枚300円だった。価格に占めるロイヤルティーの割合は3.3%なので、ロイヤルティーを3社に支払って他社もCD-R市場に参入し、市場の規模は急拡大した。

その一方で、CD-Rの価格は急速に下落していく。2002年時点の価格は1枚30円まで下がった。価格に占めるロイヤルティーの割合は33.3%。特許プールを結成してロイヤルティーなしでお互いの特許を使える3社以外は、コストで圧倒的に不利となってCD-Rの販売から手を引かざるを得ない。新規に市場に参入することも極めて困難な状態になった。こうして3社はCD-Rの市場を制覇したのである。

鮫島氏がインスティテューショナル技術経営学の特任教授として目指しているのは、3社のように知財を活用して市場の覇権を握った実例を学生の手を借りながら収集して分析し、企業の経営戦略として理論化することである。

「ただ米国からMOTの理論を持ち込んで翻訳するだけでは芸がない」と話す鮫島氏。知財活用の面から日本独自のMOTの理論を生み出そうとするその取り組みに今後も注目していきたい。

(中野目 純一=日経ビズテック記者)