東京工業大学21世紀COEプログラム「インスティテューショナル技術経営学」
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コラム:「記者の眼」

「インスティテューショナル技術経営学」拠点形成活動の状況や成果について、日経BPの記者が拠点メンバーに取材を実施してコラム:「記者の眼」を作成することが決定しました。記事は2ヶ月に1本のペースで作成されます。記事本文をこのページに掲載していきます。


第6回:広島で考えたインスティテューショナル技術経営学の研究のあり方

スナック菓子最大手のカルビー、殺虫剤メーカーのフマキラー、百円ショップの元祖ダイソーを展開する大創産業。業態が全く異なるこれら3社には意外な共通点がある。それが何かを即座に答えられる人はまずいないだろう。

3社にお好み焼き用のソースで有名なオタフクソース、さらには自動車メーカーのマツダを加えると、答えがひらめくかもしれない。これらの会社に共通しているのは、いずれも広島県で産声を上げた会社という点である。

このように広島県で生まれて全国企業やグローバル企業に成長した会社は、調べてみると相当な数に上る。さらに、共通点も広島生まれということだけにとどまらない。特筆すべき共通点は、それまでになかった画期的な製品や新しいビジネスを創り出した企業が多いことだ。

例えば、マツダは世界で唯一ロータリーエンジンの量産化に成功し、フマキラーは世界で初めて電気式蚊取り「ベープ」を開発した。大創産業は100円ショップという新しい業態を生み出した。

広島発祥企業を育んだ「インスティテューション」

こうしたイノベーティブな企業を数多く広島県は輩出してきた。なぜそれができたのか。なぜ広島なのか。日経ビズテック第9号の特集「イノベーションで成り上がる広島発祥企業の研究」では、代表的な広島発祥企業の成長の軌跡を振り返りながら、これらの疑問を解明しようと試みた。

手前味噌ではあるが、この特集記事をまとめて、インスティテューショナル技術経営学(SIMOT)における研究のモデルの一つになり得るかもしれないと考えた。

21世紀COEプログラムに採択されたインスティテューショナル技術経営学の目標は、「インスティテューション」という言葉で表される国や地域ごとに異なる文化や慣習、制度とイノベーションの創出との関係を解明する研究拠点を築くことである。プログラムのリーダーを務める東京工業大学教授の渡辺千仭氏は、インスティテューションの柱として、@国家戦略・社会制度、A企業組織・風土、B時代背景──の三つを挙げている。

特集記事の取材では、広島県で発祥した企業の経営者や広島大学の経営学者、郷土史家などに話を聞いた。その結果、イノベーティブな企業を生み出してきた広島県独自の要因がいくつか浮かび上がってきた。

その一つは、チャレンジ精神に富んだ広島県民の気質である。広島県は、米国のハワイやカリフォルニア州、ブラジル、ペルーなどの南米諸国、フィリピンなどへの海外移民が際立って多い。古くは村上水軍と呼ばれる海上武士が活躍し、瀬戸内海で暴れ回った海賊の拠点の一つでもあった。その広島の県民に受け継がれてきた冒険心や進取の精神が、イノベーティブな企業を創業した経営者たちのバックボーンになったというわけである。

この広島の県民性は、渡辺氏が指摘するインスティテューションとしての企業組織や風土に当てはまるだろう。マツダや競技用ボールのモルテンといった広島発祥メーカーの技術力は、戦前に広島市や呉市に存在した軍の施設から発注された兵器製造や軍艦建造という仕事を通して培われた面がある。これはインスティテューションとしての国家戦略・社会制度に該当するかもしれない。

こう考え及んだとき、イノベーティブな企業を育んできた土壌としての広島県の要因を探ることは、インスティテューションとイノベーションとの関係を明らかにすることにほかならないのではないかと感じたのである。

様々な角度からのアプローチが重要

もう一つ指摘しておきたいことがある。特集記事の取材で話を聞いた人たちから必ず「なぜ広島の企業を取り上げようと考えたのか」と聞かれたことだ。彼らも「広島にはユニークな企業が多い」などと漠然と思ったり、そうした企業が広島県から生まれた理由を探るヒントを持っていたりはする。しかし、「なぜユニークな企業が広島には多いのか」という問いを突き詰めて考えた人はいなかった。

言わずもがなかもしれないが、ここに技術経営学の研究者の役割が端的に表れているように思う。すなわち、企業の経営者などビジネスパーソンが持っている断片的な情報や考えを拾い集めて全体像を描き、仮説や理論を構築することである。

例えば、広島発祥企業の一つにディスコという会社がある。IC(集積回路)の基板であるシリコンウエハーを切断してチップにする装置「ダイシングソー」で世界トップのシェアを獲得しているメーカーだ。同社は、軍艦の建造に使われる工業用砥石のメーカーとして創業し、砥石の用途を万年筆のペン先の切割や電子部品の加工へと広げていき、果てには砥石を取り付けた切断装置の製造へ進出して、世界有数の半導体製造装置メーカーとなった。

ディスコが成し遂げてきたイノベーションを理解するためには、次々と新しい分野へ乗り出した広島の県民性に通じる企業風土とともに、工業用砥石の技術的な進化の軌跡をたどらなければならない。このようにイノベーションの創出メカニズムを解明するには様々な角度からアプローチすることが必要なのだろう。

SIMOT 若手研究者・RA
小林 学氏
kobayashi

技術史の研究者として東京工業大学経営工学専攻の博士課程に所属し,インスティテューショナル技術経営学を学んでいる小林学氏は「技術史的な分析がMOT(マネジメント・オブ・テクノロジー)に新たな可能性をもたらすかもしれないと感じている」と話す。

インスティテューショナル技術経営学が21世紀COEプログラムに採択されたことに伴って、小林氏は学外の企業などから招かれた特任教授の講義を受けるようになった。「COEプログラムに採択されていなかったら、自分の専攻である技術史の研究だけに没頭し続けていただろう」(小林氏)。

同氏はさらに言う。「技術史の研究から技術の発達について法則性や規則性を導き出すことができれば、技術経営学の理論の構築や実際のビジネスにも役立つ可能性がある」。

米国におけるイノベーション研究の第一人者であるハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン氏は、破壊的イノベーションの理論を提唱したことで知られる。この理論は、ハードディスク・メーカーの盛衰の歴史についての研究から考案された。

技術史や科学史の研究者が参加して、研究分野の壁を越えた学際的な共同研究を行うことで、インスティテューショナル技術経営学からも斬新なイノベーションの理論が生まれてくるかもしれない。

(中野目 純一=日経ビズテック記者)