CS(顧客満足度)の研究

CSの景気期待感の影響

   本研究室では、1977年からほぼ3年ごとに耐久消費財を対象にしたCS測定を実施し、約30年にわたるCSデータベースを保有しています。その結果、時系列的な分析が可能になり、景気が良くなればCSは下がり、景気が悪いときには逆にCSが上がるという景気感バイアスの存在を世界に先駆けて明らかにしてきました(池庄司・圓川(2004))。
   下図は、1977年からほぼ3年ごとに2007年まで計12回の耐久消費財のCS値の推移と、景気期待感をあらわす代用指標としての株価の推移をあわわしたものです。バブル時を底として、CS値と株価は丁度の逆の動きをし、好景気のときはCSは下降し、不景気のときには逆に上がり、100ポイントスケールで20ポイントの差を生み出していることがわかります。




   このような傾向は、1990年頃からはじまったACSI等の海外のCSデータからも同じような現象が存在することを確認しています(Ogikubo, M., Schvaneveldt, S.J., and Enkawa, T., 2009, Bjoern FRANK and Takao ENKAWA, 2009)。
   以上のことから、同一企業でCSを継続的に測定する場合、CS値から企業努力を正確に測定するためには、景気感バイアスを取り除く必要があります。この操作により、簡単に企業努力を反映したCS値を求めることができます。以下は株価による補正の方法と、そのことで経営成果との関連が大きく検出できるという実際の企業事例です(フランク・ビョーン、圓川隆夫,2009)。







   参考までに、後述する最近のCS関連指標の調査によるリーマンショックの前後での14の製品・サービスの日本におけるCSの平均値の推移の図を示します(Nのトータルは約20,000)。金融危機後に顕著にCSが上がっていることがわかります。





CSとマーケットシェアとの関係

   CSとその経営成果の一つであるマーケットシェアの関係については、同一時点では負の相関をもつという1990年前半のデータを用いたFornell等の理想点モデルが知られていました。本研究室では、これが同一企業でも多種な製品を提供している現在の状況、そして日本でも成り立つのか、そして中長期的にはCSはシェアにどのように結びつくのかを解明してきました。 その結果、同一時点では現在のわが国でも負の関係が検出されるが(ただし、Fornellの理想点モデルとは異なり、消費者の知覚矯正モデルの対比作用の結果が負をもたらすがその理由ではないか)、中長期的にはCSは確実にシェアに買い換えサイクルの遅れで正の統計的有意な関係があることを検証いたしました(池庄司雅臣, 圓川隆夫, 鈴木定省、2003 他)。





CSの国際比較と日本の特異性(分析中)

   現在、研究室では、「顧客満足度の国際比較と文化・経済状況の影響メカニズムの体系化」と題した科学研究費のプロジェクトで、2008年の予備調査を経て、2009年には、日本、中国、米国、フランス、タイ、ボリビア、ウィグル、ドイツの世界8国・地域で、14の製品・サービスを対象としたCS関連指標(CS、知覚品質、知覚価値、事前期待、再購買意図、口コミ、スィチングコスト等)の測定と、同時に個人のもつ文化(不確実性回避指標、個人主義指標)、幸福感等の測定の調査を実施しました。現在、分析中ですが、その中の結果の一部を紹介させていただきます。
   下の図は、世界8国・地域のCSの平均値(N=約50,000)です(ドイツはまだ集計途中)。わが国のCSが著しく低いことがわかります。無論、日本の製品・サービスの品質が低いという意味ではなく、それだけわが国消費者が品質に厳しいということに他なりません。そしてその源泉には、後述する国の文化やDNAの影響が示唆されます。
   加えて、その次の図は、男女に層別したCS値が掲げてあります。通常、CSは男性よりも女性の方が高いことが知られています。ところが、わが国だけは例外で、女性が男性よりも低くなっています(統計的有意)。これは品質に厳しい国民性に加えて、わが国消費者の特異性をあらわすものと考えています。現在のところ特に主婦層の影響が大きいことがわかっています。







   次に製品別にCS値を比較してみたらどうなるでしょうか。国によって大きく異なることがわかります。米国ではトップの銀行が、わが国では公共サービスを除くと、最下位になっています。またガラバゴス化が言われる携帯電話でも、わが国のCSは決して高くはありません。





CSへの文化、幸福感の影響

最後に、CSに国による差をもたらす文化要因、あるいはDNAで50%決まると言われている幸福感のCSに与える影響の分析例を示します。幸福感のCSへの正の影響、文化(特に不確実性回避傾向)の幸福感を通した負の影響が、顕著に見られます。これは世界7国・地域のすべの個人データを統合したものを対象にしていますが、詳しい分析はこれから詰めて行くところです。





(CS関連の本研究室の関連文献)

池庄司雅臣, 圓川隆夫, 鈴木定省 (2003): “品質向上期待度に基づく顧客満足の経年変化パターンとマーケットシェアとの関係”, 品質, 33[3], pp.93-103.

池庄司雅臣, 圓川隆夫 (2004): “顧客満足度と景気感との関連に関する研究”, 品質, 34[4], pp.90-99.

Bjoern FRANK and Takao ENKAWA (2008): “How economic growth affects customer satisfaction”, Asian Pacific Management Review, 13[2].512-526.

Bjoern FRANK and Takao ENKAWA (2008): “Does Aggregate Income Influence Satisfaction with the Standard of Living?” International Journal of Society Systems Science, 1[2], 113-131.

Mizuho OGIKUBO, Shane J. SCHVANEVELDT, and Takao ENKAWA (2009): “An Empirical Study on Antecedents of Aggregate Customer Satisfaction: Cross-country Findings,” Total Quality Management and Business Excellence, 20[1], 23-37.

Bjoern FRANK and Takao ENKAWA (2009): “Economic Influences on Perceived Value, Quality Expectations and Customer Satisfactions, International Journal of Consumer Studies, 33[1], 72-82.

Bjoern FRANK and Takao ENKAWA (2009): “Economic Influences on Customer Satisfaction: An International Comparison”, International Journal of Business Environment, 2[3], 336-352.

Bjoern FRANK, Shuichi SUDO and Takao ENKWA (2009): “Interpreting Time Series of Patient Satisfaction: Macro vs. Micro Components”, Journal of Hospital Marketing & Public Relations, 19[1], 15-39.

フランク・ビョーン、圓川隆夫、須藤秀一 (2009):“顧客満足度への経済変動バイアスの影響と企業努力を反映するその補正方法について”、品質、39[1], 119-128.

Tanyanuparb ANANTANA, Takao ENKAWA, and Sadami SUZUKI (2009): "Empirical Research on The Influential Factors for successful New Product Development and Their Differences among Industries", Journal of Japan Industrial Management Association, 59[6], 494-504.

須藤秀一、圓川隆夫、望月智行(2009):“医療機関におけるCSとESの構造に関する分析”、日本医療・病院管理学会誌、46[1], 7-16.

Bjoern FRANK and Takao ENKAWA (2009): “Economic Drivers of Dwelling Satisfaction: Evidence from Germany”, International Journal of Housing Markets and Analysis, 2[1], 6-20.

フランク・ビヨーン、圓川隆夫、大隈信孝(2009):“顧客満足度に対する経済変数の影響とその構成品質要素による違い”、日本経営工学会誌、60[2], 87-94.

圓川隆夫:我が国文化と品質 精緻さにこだわる不確実性回避文化の功罪; 日本規格協会(2009).





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